「日本は世界に比べて遅れている」ときの「世界」ってどこなんだろう。/垣間見える西洋中心主義と「名誉白人」としての屈折した自意識

エグゼクティブ・サマリー

  1. カルロス・ゴーン被告逃亡事件や大麻解禁などの議論において、「日本は世界に比べて遅れている」「日本での常識は世界での常識ではない」といった議論が散見される。
  2. しかし、この場合の「世界」とは往々にして欧米、特に西欧と北欧であり、地球の人口のほとんどが暮らすアジアやアフリカがこの「世界」に含まれることはない
  3. この考えは西洋中心主義に他ならず、それを日本人が唱えるのは名誉白人」としての屈折した自意識が背景に指摘できる。

 

 はじめに

Webでは「日本は世界に比べて遅れている」という主張を目にすることがあります。

その場合の「世界」って、いったいどこなのでしょうか。カルロス・ゴーン被告逃亡事件と、大麻解禁の議論をもとに考えます。

カルロス・ゴーン被告逃亡事件で日本の司法制度を批判するときの「世界」

Webで散見される「日本の司法制度は遅れている」論

日産自動車の元会長であるカルロス・ゴーン被告が保釈中に日本からレバノンに逃亡して、後に記者会見で「日本の司法制度は北朝鮮並みに後進的」であると述べました。

www.afpbb.com

もちろん、日本の司法制度は完璧なものとは言えず、この記事にあるとおり、ゴーン被告の主張にも「三分の理」はあります。また、いわゆる「人質司法」も、被疑者の人権を考えると非常に大きな問題であることは言うまでもありません。人権保障機能の観点から、日本の司法制度は改善に向けて議論が進められるべきです。

webronza.asahi.com

そして、この「三分の理」に呼応して、日本国内でも「日本の司法は世界に比べて遅れている」旨の主張が散見されました。

 「中世」とか「野蛮」との表現は日本の司法制度の後進性を示し、 逆に言えば彼ら曰く日本以外の世界各国は「現代」に見合うほど先進的ということでしょう。

「日本の司法制度はまだまだ捨てたものではない」ことを示す指標

WEF(世界経済フォーラム)のWEF国際競争ランキングによると、日本の「司法の独立性」は137カ国中15位で、米国やフランス、ゴーン被告の逃亡先であるレバノンを凌ぎます。

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The Global Competitiveness Report 2017–2018 ©The World Economic Forum (WEF)

World Justice ProjectのWJP Open Government Index 2015でも、日本は102カ国中12位です。僅差で米国には抜かれていますが、それでもフランスやレバノンに比べれば高い評価です。

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WJP Open Government Index 2015 ©World Justice Project

Transparency Internationalが発表しているCorruption Perceptions Index(腐敗認識指数)を見てみましょう。こちらでも180カ国中18位。やはり米国、フランス、そしてレバノンなどよりも高い順位です。

www.transparency.org

これらの指標において日本はトップ10%-12%には収まっており、前述の問題はあれど、少なくとも指標上は「優等生」であると言えるでしょう。

確かに、日本が欧州や米州のほか、香港やニュージーランドといったアジア太平洋地域の一部などに劣っていると示されているのは事実ですが、それでも日本の司法制度が「世界に比べて遅れている」というのは明らかに言い過ぎで、もはや的外れです。

大麻解禁」の議論における「世界」

「海外のいくつかの国と州では、大麻は合法」だから「日本での常識は世界での常識とは限らない?」

NewsPicks学生向けメディア『HOPE by NewsPicks』では次の記事がシェアされていました。

heapsmag.com

女性向けエンパワーメントメディア『BLAST』を運営する石井リナさんが「海外のいくつかの国と州では、大麻は合法」としながら「日本での常識は世界での常識でしょうか?」とのコメントとともに、大麻事業について理解を深めるよう学生に求めながら投稿していました。

「欧米の常識」は「世界の常識」としがちな大麻解禁の議論

確かに、欧州の一部の国と、米国の一部の州などでは大麻が合法化されていたり、非犯罪化されていたりします。また、医療用大麻が認められている国や地域もあります。

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Medicinal cannabis policies and practices around the world ©International Drug Policy Consortium

idpc.net

しかし、それは「世界」と言えるほど多くの国々でしょうか。歴史的経緯から大麻に敏感で、薬物の密売には死刑も適用される中国や、その影響が強いシンガポールは「世界」の一部ではないのでしょうか。

世界の人口(約70億人)のうち、約半数以上(約40億人)はアジアに暮らしているとされています。そのアジアの大半において大麻が違法とされている現状を鑑みると、「大麻解禁が世界の常識」よりも、むしろ大麻禁止が世界の常識」とすら主張するのが妥当なように思えます。

また、私が暮らすロンドンにおいても嗜好品としての大麻は違法で、合法なのは医療用大麻のみです。実のところロンドン市内で大麻の匂い(とされている匂い)を感じることもありますが、街でパトロールしている警察官も、大麻の匂いを嗅ぐと周囲を捜索します。そんなロンドンも「世界」ではないのでしょうか。

大麻解禁の議論に関していえば、現時点では「日本での常識は世界での常識」です。

都合の良い「世界」の切り出し方に見る西洋中心主義と「名誉白人」としての屈折した自意識

「西洋(の一部)」のみを「世界」として位置づけてしまう狭い視野

上記の事例において、日本よりも進んでいる「世界」と位置づけられたのはほとんどの場合、北欧や西欧、もしくは米州(の一部)でした。いわゆる「西洋」と位置づけられているこれらの地域が特に司法制度などにおいて先進的であることは確かなものの、この地域のみを「世界」として位置づけて、アジアやアフリカの現状を無視して議論を進めるのは、西洋のみを「世界」とする西洋中心主義以外の何者でもありません。

「世界は進んでいる」と叫ぶ日本人に見る屈折した「名誉白人」としての自意識

確かに、特に司法制度などにおいて欧米は進んでいるのかもしれません。しかし、その場合、進んでいるのは「世界」ではなく「欧米」です。

その欧米の人々が「"自分たち"はこんなに進んでいる!」として、アジアを啓蒙せんとするのであれば、その主張は理解できます。この"自分たち"を"世界"に置き換えても、彼ら自身は西洋なのですから、西洋中心主義として些か雑な議論に感じるところはあれど、その主張も一定程度は論理的に成り立ちます。

もしくは、アジアの人々が「"欧米"はこんなに進んでいて、"自分たち"はこんなに遅れている!」と自己啓発するのも自然なことでしょう。

しかし、上記の文脈でも「遅れている」アジアの一部である日本に生まれ、ともすればそこに住む人々に、「"世界"は進んでいる」とか「日本は"世界"に比べて遅れている」と、西洋中心主義に染まりながら自国を卑下している姿が散見されるのは非常に歪なものです。自分は西洋の人々でもないのに、西洋が世界であるとの考え(西洋中心主義) に染まり、まるで日本の人々ではないかのように「日本は"世界(つまり西洋)"に比べて遅れている」と啓蒙しながら日本を批判することの裏には、自分個人は日本全体より進んでいるとの優越感と、自分はもはや西洋人の一部であるとの「名誉白人」としての屈折した自意識が垣間見えます。

おわりに

これらの「日本は世界に比べて遅れている」とか「日本での常識は世界での常識ではない」といった、欧米(特に西欧や北欧)を「世界」と位置づける議論には、明らかな西洋中心主義の存在があります。そして、その西洋中心主義に染まった議論を展開する日本人には、自分を欧米の人々として見做す、名誉白人」としての屈折した自意識が指摘できます。

もちろん、欧米の進んだ、より良い制度や政策は日本においても導入するべきです。前述の通り、「人質司法」とも呼ばれる日本の司法制度は人権保障機能を強化しなければなりません。しかし、だからといって必ずしも「日本は世界に比べて遅れている」とは限りません。

私たちは安易に「世界」を持ち出す議論に遭遇したとき、「この議論における"世界"とはどこなのか」を考え、西洋中心主義を疑わなければなりません。さもなければ、西洋中心主義に基づく浅はかな知見と狭い視野に騙されてしまいます。

日本も、もしくは中国を始めとするアジアやアフリカ諸国もまた、当然の「世界」の一部です。私たちはその事実を無視して、欧米のみを「世界」として捉えるべきではありません。