学習院大学 2020年度 卒業生「謝辞」に2016年入学の同期として思うこと/「学績と権利」がバーターであるとの危険思想

エグゼクティブ・サマリー

  1. 学習院大学を2020年3月に卒業する同大学 国際社会科学部の学生が執筆した「謝辞」が同学部Webサイトに掲載された。
  2. この「謝辞」がWeb上において波紋を呼び、学習院大学は注釈を付け加えるとともに、2020年3月末での削除を予定した。
  3. この「謝辞」に記された反骨精神は良いとしても、筆者の「選民」意識や「自然権」への無理解は唾棄すべきもので、この程度の文章を書く学生が「卒業生代表」である事実に(一応の)入学同期として恥ずかしく感じる。

はじめに

2020年3月20日学習院大学 国際社会科学部は公式Webサイトにおいて、学部長祝辞と卒業生謝辞を公開しました。

www.univ.gakushuin.ac.jp

このうち、小堀奈穂子さんが寄せた謝辞Twitterなどで反響を呼びました。

togetter.com

以下、引用します。

【謝辞①】

卒業生代表・小堀奈穂子

 卒業生総代答辞の多くが、ありきたりな言葉の羅列に過ぎない。大きな期待と少しの不安で入学し、4年間の勉強、大学への感謝、そして支えてきてくれた皆さまへの感謝が述べられている定型文。しかし、それは本当にその人の言葉なのか。皆が皆、同じ経験をして、同じように感じるならば、わざわざ言葉で表現する必要はない。見事な定型文と美辞麗句の裏側にあるのは完全な思考停止だ。
 私は自分のために大学で勉強した。経済的に自立できない女性は、精神的にも自立できない。そんな人生を私は心底嫌い、金と自由を得るために勉強してきた。そう考えると大学生活で最も感謝するべきは自分である。
 すべての年度での成績優秀者、学習院でもっとも名誉である賞の安倍能成記念基金奨学金、学生の提言の優秀賞、卒業論文の最優秀賞などの素晴らしい学績を獲得した自分に最も感謝している。支えてくれた人もいるが、残念ながら私のことを大学に対して批判的な態度であると揶揄する人もいた。しかし、私は素晴らしい学績を収めたので「おかしい」ことを口にする権利があった。大した仕事もせずに、自分の権利ばかり主張する人間とは違う。
 もし、ありきたりな「皆さまへの感謝」が述べられて喜ぶような組織であれば、そこには進化や発展はない。それは眠った世界だ。新しいことをしようとすれば無能な人ほど反対する。なぜなら、新しいことは自分の無能さを露呈するからである。そのような人たちの自主規制は今にはじまったことではない。永遠にやっていればいい。
 私たちには言論の自由がある。民主主義のもとで言論抑制は行われてはならない。大学で自分が努力してきたと言えるならば、卒業生が謝辞を述べるべきは自分自身である。感謝を述べるべき皆さまなんてどこにもいない。

「頑張らない/頑張れない人間には権利がない」との誤解と、「自然権」の否定からの「言論の自由」主張 

「感謝するのは自分」

小堀さんは謝辞において、次のように述べて「ありきたりな謝辞」を否定しています。

大きな期待と少しの不安で入学し、4年間の勉強、大学への感謝、そして支えてきてくれた皆さまへの感謝が述べられている定型文。しかし、それは本当にその人の言葉なのか。皆が皆、同じ経験をして、同じように感じるならば、わざわざ言葉で表現する必要はない。見事な定型文と美辞麗句の裏側にあるのは完全な思考停止だ。

確かに、大学が主催する卒業式で、大学が指名した学生に述べさせるのが「大学への感謝」というのは単に儀礼的であるばかりか、一種の「自慰行為」として気味悪く感じます。ですから、その「大学が大学の主催する場で大学の指名した学生に大学への感謝を述べさせる」ことへの違和感としては、確かにその通りであり、賛同します。

「素晴らしい学績を収めていないと発言権がない」との誤解

しかし、中盤でとんでもないことを述べています。

しかし、私は素晴らしい学績を収めたので「おかしい」ことを口にする権利があった。大した仕事もせずに、自分の権利ばかり主張する人間とは違う。

確かに、素晴らしい学績を収めることは誇らしいことです。しかし、それは「おかしい」ことを口にする権利とは何も関係ありません。以前、小野田紀美 参議院議員(自由民主党)がTwitterにおいて「義務を果たしていれば権利を主張して良い」と述べて批判を呼びました。

mainichi.jp

「謝辞」の小堀さんと小野田議員に共通しているのは自然権への無理解」です。小堀さんは「学績と権利」、小野田議員は「義務と権利」がそれぞれバーター(交換条件)だと考えているようですが、自然権は人が生まれながらに持つ合わせているものであって「義務の履行」とは何ら関係がありません。

buzzap.jp

まして、おかしなことに「おかしい」と述べる権利に何らかの条件が設けられているとしたら、何らかの理由で条件を突破できない人は永久に「おかしい」と声を挙げることはできなくなります。仮にその条件が学績だとしたら、経済的理由や健康状態で勉強できない人は「おかしい」と声を挙げてはいけない、ということになってしまいます。

私も、学習院大学 法学部政治学科に在籍していたときに数々の「理不尽」、つまり明確に「おかしい」体験をしてきました。しかし、それに対して「おかしい」と述べる権利は学績に連動しているのでしょうか。

blog.hide-and-seek.jp

思い起こせば、法学部政治学科の入学同期にはうつ病適応障害などの精神疾患を発症したり、それで休学したりした人もいます。そういった「頑張れない人」すらも、成績が低いと口を噤まねばならないんでしょうか。

私は学績が高かったとは思っていませんが、それでも「おかしい」と声を挙げる権利があると思っています。どんなに成績が悪くとも、怠け者でも「おかしい」と口にする権利はあります。謝辞にある「言論の自由」は努力の対価ではなく「自然権」です。

「おかしい」と述べる権利、つまり「言論の自由」は基本的人権の最も重要な要素の一つで、当然に「自然権」の概念が適用されます。これに何らかの条件を設けようとする思想は非常に危険なものです。

言論の自由」への依拠と言論弾圧の忌避

ところが、終盤では「言論の自由」を持ち出して、「言論弾圧」を否定しています。

私たちには言論の自由がある。民主主義のもとで言論抑制は行われてはならない。

仰るとおり、「言論の自由」は守られるべきで、「言論弾圧」なんてあってはなりません。しかし、彼女は先ほど「学績のない人」の「言論の自由」を否定していたではありませんか。僅か数百字の文章で思いっきり矛盾していることに気づかないのでしょうか。 

それとも、「私が言論弾圧するのは良いけれど、私への言論弾圧は許されない」とでも思っているのでしょうか。仮にそうなら、明確に唾棄すべき主張です。

「都合の良い意見」だけ拡散、批判には「恵まれていない」ことを引き合いに同情を喚起

「自分への賞賛」だけをリツイート

小堀さんのTwitterアカウントを見ていると、自身や「謝辞」を賞賛する投稿ばかりをリツイート(拡散)しています。

twitter.com

しかし、Twitterでは彼女や「謝辞」への批判も投稿されています。その一方で、彼女や「謝辞」への批判を、彼女は無視し続けて、まるで存在しないかのように振る舞っています。

 確かに、自分を肯定する意見ばかりを並べて「功績」として誇りたい気持ちは理解できます。まして、「学績」を根拠に他人の基本的人権を制限しようとする危険思想の持ち主なら尚更かもしれません。

「学費を払ってもらえなかった」

それでも、小堀さんは自らや「謝辞」への反響や批判を認識しているようで、家庭環境を引き合いに「自分は努力した」と述べています。

ところで、私は小堀さんとは学習院大学の2016年入学の同期です。私自身は同大学法学部政治学科を退学して、今ではロンドン大学 東洋アフリカ研究学院 (SOAS, University of London)に在籍しながら今年9月よりキングス・カレッジ・ロンドン (King's College London)への入学を予定しているので「卒業同期」ではないものの、それでも「共通の知人」は何人かいます。その「共通の知人」によると、ご家族で超高級ホテルや高級レストランに行かれているようですが、本当に「生まれた環境が悪かった」のか疑問に思ってしまいます。

 「格差なんて自分でぶち破れ」

もちろん、金銭的に恵まれた家庭でも苦労することはあるかもしれません。例えば、親御さんがお金を持っているからといっても、必ずしも学費を出してくれるとは限りません。だから、確かに超高級ホテルや高級レストランに家族で行っているからといって、小堀さんが苦労していないとするのは早計でしょう。

しかし、小堀さんが「環境で苦労しながらも努力した」ことを引き合いに、他の人にそれを求めるべきではありません。

 この小堀さんの主張は「生存者バイアス」以外の何でもありません。仮に小堀さんが酷い環境に生まれていて、その上で努力したことは素晴らしいとしても、それはあくまで「サバイバー(生存者)としての経験」の域を出ません。

結局は「頑張れない人」への想像と配慮が欠けていて、残念ながら傾聴に値しないのが実情です。 

「トカゲの尻尾切り」に終始した学習院大学 国際社会科学部の公開爾後の対応

言い訳がましい「注釈」

いろいろな意味で「残念」なのは小堀さん自身に限りませんでした。Webページで「謝辞」を公開してから、学習院大学 国際社会科学部は注釈を掲載。

※謝辞①は内容が謝辞として相応しくないといった意見もありましたが、本学部は多様な意見を尊重しオープンな開かれた学部でありたいと考え、原文のまま掲載しております。ただひとつ私たちが願うのは、本学で学んだ学生の皆さんが幸せな人生を歩み、願わくば社会に貢献して欲しいということです。

いざ公開して批判されると注釈を掲載するのは「言い訳がましい」と言わざるを得ません。

Webページの削除を予定

しかも、「多様な意見を尊重しオープンな開かれた学部でありたい」と言っておきながら、謝辞は2020年3月31日に削除されてしまうようです。

これは批判の矛先を小堀さんに限定しようとする「トカゲの尻尾切り」でしょう。どうせ掲載するなら、しかも「多様な意見を尊重しオープンな開かれた学部でありたい」と思うなら、批判に屈することなく削除せずに掲載し続ければ良いのです。それができずに「多様な意見を尊重しオープンな開かれた学部でありたい」とだけ述べるとはなんと空虚なことか。

この大学にしてこの学部、この学部にしてこの学生だと思わざるを得ません。

一時期でも、こんな大学に在学していたことと、彼女が入学同期であることを心の底から恥ずかしく感じます。

 法学部政治学科に在籍した立場から見た国際社会科学部への所感

もともと、国際社会科学部は学習院大学においても、法学部、経済学部、文学部や理学部の「既存学部」から白眼視されている学部でした。それはカリキュラムや授業内容が「アカデミズム」に即していないとか、単に「海外志向」なだけで社会科学にコミットしていないといった、ある種の「漠然とした」批判でしたが、この「謝辞」でそれが最終的に証明されてしまいました。

創設2ヶ月目で逮捕者、「国社」から「反社」へ

もともと強かった国際社会科学部への風当たりが強まったのは創設翌月の2016年5月に、学生が大麻取締法違反で逮捕されたときです。国際社会科学部は「国際犯罪学部」と揶揄され、学内で「国社」と通称される国際社会科学部は「反社」になったのでした。

www.nikkei.com

この事件に限らず、私も在学時や退学後も、学内での違法薬物に関する証言に触れる機会がありましたが、そのたびに「国際社会科学部が創設されてから学内で違法薬物が出回るようになった」と耳にしました。

私の個人情報を特定して晒し上げた国際社会科学部の学生

私の国際社会科学部への印象を極限まで下げたのは、2017年に学生が私に嫌がらせをしてきたときです。その学生と取り巻きは国際社会科学部の学生で、私の個人情報をネットに晒したり、ネットリンチをしたりしてきました。彼らの影響で、私は適応障害を発症して学習院大学からの退学を余儀なくされました。

blog.hide-and-seek.jp14ddg.com

この嫌がらせに及んできたのも、小堀さんや大麻取締法違反で逮捕された学生と同じく国際社会科学部の1期生でした。

勉強の成果が感じ取れない「謝辞」

そして、この小堀さんの謝辞で「学習院大学 国際社会科学部1期生」の“軌跡”は汚点とともに閉じられてしまいました。

この程度の稚拙で視野狭窄な「謝辞」すらも、学部の卒業生代表によるものです。つまり、学習院大学 国際社会科学部1期生はこの程度の人物に代表される程度には「レベルが低い」ということを、学習院大学や国際社会科学部は認めてしまったのです。

いったい彼らは大学在学の4年間で何を学んできたのでしょうか。もはや「何も学んでいない」と批判されても仕方がない文章を、卒業生代表が書いている事態に、他の卒業生は声を挙げても良いはずです。

「薄っぺらい」対応の教職員

しかも、「レベルが低い」のは学生に限りませんでした。このような程度の文章を「謝辞」として通過させ、その筆者を「卒業生代表」に選出してしまう教職員も、審査能力が欠落しており同様に「レベルが低い」と言わざるを得ません。

その上で、彼女のレベルですら「代表」という事実は、教職員が学生をまともに教育できていないことの証左です。学習院大学 国際社会科学部の教職員はいったい学生に何を教えていたというのでしょうか。

そして、批判されたら注釈を付け加えて「謝辞」の削除に走ろうとする学部事務室がやっていることは「トカゲの尻尾切り」に他なりません。教育機関たる大学による学生に対する仕打ちとしては言語道断です。

さいごに

この「謝辞」を巡る関係者に「まともな人」がいないことは残念でなりません。筆者の小堀さんに限らず、学習院大学や国際社会科学部の教職員も、誰一人として「まともな対応」ができていないのです。

学習院大学にまともな人がいない」問題は先の記事でも書きましたが、一時期とはいえ自分の在籍していた大学が「この程度の体たらく」であることが本当に恥ずかしい。「辞めて良かった」と心の底から痛感させられました。

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